2023/9/15
ユングラ稽古会シリーズでの土屋光さんの稽古で、自分が普段の生活の中で聞いている音を録音するという課題があったので、それについて記録しておきたい。
私が録音した音は以下の3つ。
・ガラスポットに蛇口から水を入れる時の音
・サーキュレータを「強・首振り」で回しているときに、その背景で鳴る共鳴音のような音
・ラジオ番組の録音配信をyoutubeで聞いているとき、ライブでは流れていた楽曲がyoutubeでは流せないので、その曲がかかっていた時間はそのまま無音になる。その無音の時間。
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とつとつダンスプロジェクトマレーシア滞在日誌|Malaysia Tour Journal
2020/9/20
自分の公演の記録映像を見返すことが、基本的に苦手だ。下手に時間が経ってしまうと、見なければという義務感ばかりが大きくなり、ただワンクリックして再生するということがますます大ごとになってしまう。大体いつもはタイムリミットを設けて、見ざるを得なくするのだが、なぜこんなに些細なことを苦痛だと感じ続けなければいけないのか、理不尽に思い始めた。
ちょっとした水たまりは、少し歩幅を広げて踏み越えればいいだけで、覚悟を決めて目をつぶってジャンプする必要はない。
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Playing, not learning.
Why do I (we) tend to work harder on something useless, than on something useful or purposeful?
Recently I am learning Korean language by myself just for time-killing. It’s actually not a learning but just a game. Here I sort out the way how I play the “game”. The game of interpreting/transcribing the known situation into a different one.
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2019/2/6
2 ピダハンの「見る」
ここでいったん寄り道して、アマゾン原住民ピダハンの言語と文化を調査研究した書籍『ピダハン-言語本能を超える文化と世界観』(ダニエル・L・エヴェレット)の一部を紹介し、「見る」ということについて考えてみたい。
・現実/夢
ブラジル、アマゾンのジャングルで狩猟生活を営む原住民ピダハンは、文字や宗教の存在しない、極めて特異な言語・思考を持っている。彼らは自分が直接見聞きしたことしか信じないし話題にもしない。したがって彼らの社会には、神話や歴史、将来の計画も存在しない。
しかし一方で、彼らが「見る」ことのできる内容は多様である。例えば、彼らは寝ている間に見る”夢”も、自分が「見た」ことととして、現実と全く同じように語る。ピダハンの「見る」経験にはいくつかの種類が含まれているようだ。いわゆる現実に見えている出来事、現実の中で想起されるイメージや錯覚、睡眠中の夢、誰かが演じる内容。それらすべてを彼らは区別なく「見る」。
2019/2/3
年をまたいでしまったが、2018年8月に見たAokid×篠田千明「Tiger, Tiger」についての記録と感想、とそれに関連した雑感、その1。
1 Aokid×篠田千明「Tiger, Tiger」
移動と展示 mobility/display
今年の8月、バンコクにて気になったものの一つは、通りのあちこちで見かける屋台のディスプレイの美しさと機能性だった。効率よく運ぶこと、客の購買欲をそそること、手に取りやすく配置することなど、いくつかの機能を同時に成り立たせる必要が、それぞれの売り手の創意工夫と独特の形を作り出している。
もっと写真を撮ればよかった。ちゃんと調べたら、いくつかの傾向や分類が見えてきそう。
During my stay in Bangkok this August, what attracted me most was the functionality and the beauty of the stalls on the streets.
It must be the needs to balance several functions; to carry stuff efficiently, to arouse customer interest, and to place goods in easy reach, which produces the ingenuity of the sellers and the original forms of the stalls.
It would be interesting to do more research to find some classification or tendency…
lyrics of “Natsu nandesu” (It is summer)
はっぴいえんどの「夏なんです」の歌詞を適当に英訳したので、一応載せておこう。
Here is my arbitrary translation of the song “Natsu nandesu” by Japanese 60-70’s band, Happy End.
——
“Natsu nandesu” (It is summer) by Happy End
lyrics Takashi Matsumoto
music Haruomi Hosono
On a white country footpath
a dusty wind stops by
They are crouching down on the ground,
playing marbles
Glaring, glaring
the sun is shining
Glaring, glaring
It is summer
Forest of the village is deep green
the quietness glides down
to an old teahouse
to stay with someone
“hooshi tsuku tsuku”
The voice of cicadas
“hooshi tsuku tsuku”
It is summer
Parasol turning round and round
I am bored
Parasol turning round and round
I am bored
lululu…
Following the stitch in the sky,
run through the stone paving
Together with shower
summer is going to leave.
Fluffy, fluffy
a bank of clouds
Fluffy, fluffy
It is summer
Parasol turning round and round
I am bored
Parasol turning round and round
I am bored
lululu…
2018/7/30
今住んでいるところは、駅のすぐ近くなので、近所にふらっと散歩に出る気分で電車に乗れる。しかも自転車を去年盗まれてしまい、それ以来買っていないので、自転車代わりとしても電車に乗るようになった。
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