スタジオプロジェクトを巡るテキスト|Texts about the studio project

 

行動を起こす時、みなさんは何が動機になりますか?私は、気になる空間・土地があるとか、興味がある人、好きな人と協働できるかとか、誰かを助けたいなど、個人的な理由と直感で動くことが多いです。特にここ数年は先が読めない中で、それでも先へ進む為に今をどう選び取っていくのか、模索・実践してきた時間でした。

恵さんと出会ったのは15年くらい前、私がまだ青森で暮らしていた頃でした。上京してからは、尊敬するダンサー・振付家であると同時に、人間として恵さんに助けられてきた時間があります。いつか場所を持ちたいというお話も何年も前から聞いていたし、今回の西国分寺の物件を見つけた時からの経過を知っていたので、改装を手伝ってほしいと言われた時は「もちろん、私でよければ!」という感じで、プロジェクトになることもわからずオッケーしたのでした。こんな個人的な想いと直感で改装メンバーとなった私は、おそらく他のメンバーの方より気が散っている状態で改装を手伝ってきました。恵さんが初めて壁を壊した時、一生懸命作業する後ろ姿を目の当たりにした時など、なんだか泣きそうになったりして。笑。親戚的な気持ちなのか、なんなのか、お前は恵さんの何なんだ?と自分にツッコミを入れながらも、大切な人の夢が現実になっていく今の積み重ね(過程)を一緒に眺められることは、けっこう感動的なことだったりします。

私自身も、2020年から『糸口』という小さな場を東京郊外に構え活動しています。https://reinakimura.com/2020/06/15/as-a-choreographer/22/ 賃貸ですがそれでも踏み出すのにはかなりの勇気がいりました。家族・友人に手伝ってもらい床貼り・ペンキ塗りなどのリフォームをし、小さな場でもカタチになるまで約4ヶ月かかりました。場を持つことの決心や責任、お金の不安、体力的・精神的な疲れなど色々わかるだけに、恵さんの場を持つ決断と実践を、私ができる形でですがサポートしたいと思っています。恵さんには糸口の柿落しとしていちばんはじめに踊っていただこともあり、今度は私と糸口で、恵さんのスタジオに向けて何かできたらと考えています。

改装の話に戻りますが、自分は改装などに慣れていないので、ひとつひとつの作業の先(完成形)をイメージしようとしてもできない、わからないことも多く、それでも今壁を壊すとか、モルタルを削るとか、木を切るなど、プロジェクトメンバーの方々とひたすら今に向き合うことは、自分のダンスとの向き合い方にも似ていると感じています。その中からみえてくる(感じられる)それぞれの人柄や身体の感じが興味深いし、異なる身体や思考を持った人たちが一定時間集まり、とにかく今と向き合う時間・空間自体もすごく面白いなと。「改装中」のなかに入っていると気づきませんが、ちょっとひいてみたら既にそれは、ものすごく面白い作品かもしれません。

また、恵さんの身体性や雰囲気と西国分寺スタジオ(仮)の関係性も面白く感じています。場ってやっぱり主となんだか似ている(似ているところを選ぶのかな?)と思うので、スタジオが完成した時、恵さんの身体との関係性がどのような感じなのか、加えて改装メンバーそれぞれの身体性、エッセンスみたいなものも場に反映されたりするのかな?など、場と身体のこれからの変化、そしてそこで起こりうるダンスの未来が非常に楽しみです。

2022年5月8日 木村玲奈

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西国スタジオプロジェクト

初めて ここににきた時
このビルのもっている気配のようなものに惹かれた。
管理されているわけでもなく秩序がないわけでもない

ここに行くと 数日身体から なんか 抜けない
ビルのもつ力か慣れない工具から入ってくる振動か普段みない他人の体か‥

…わたしのからだはひとつのことしかできなくなってきていることに気づく。
いや、それを求めてきた。ずっと
もう少しで音がきこえそう

…ここ数年、未来のことばかり考えていたことにも気づく。
ここ一ヶ月過去がやってきてくるった‥
次に 行けそう

‥‥自分のからだに戻りたい

と思いながら
あと数ヶ月でオープンしてしまう ここ にまた出かける。

なにもできず
ただあるからだに

なるには

2022年4月28日 山田知美

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西国プロジェクト

どこでもない ここ
住居でもなくなって、まだスタジオでもない
この状況が好きだ。

自宅から徒歩20分でここに着く。
かなり戸惑いながら参加中‥

わたしはずっと自分のからだにしか興味がない
おそらくこれからも
人といることは苦手です
ただ、今、
他人の身体を必要としています。
だからか、
ここに通っているのかもしれません。
リアルにわたしのからだがなくなった時に
この世に残る体になにかと‥
既存の自分の身体と未来にあるかもしれない体のことを考えながら

どこでもないどこかで
だれでもないわたしで

いるには

2022年3月30日 山田知美

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解体工事がひと段落しました。
職人ではない自分が解体や施工のことを人に教えるので、現場へ行く度役を演じているような気持ちになります。説明したり実際に身体を動かしてみせる中で頭に浮かぶのは、これまでの現場で出会った職人や現場監督の面々と彼らの身振りです。思い出して真似てみると、なぜそう身体が動いていたかにようやく合点がいく。目の前の人に教えるため、数分か数十秒早くそれらが思い出されます。
身体を動かす一方、色々な建築作品を紹介しながら話しています。毎度言ってしまうのは「こんなとき、この建築家はこうしたんですよね」といった話し始めで、紹介すればするほど、自分がここではどう決断すべきか迷ってしまいます。
しかし、こうした迷いも含めて環境と身体の循環する関係の中に含んでみると、計画でも即興でもない空間のつくり方ができるような気がするのです。

2022年3月27日 山川陸