神村恵 公式サイト

公演情報

スタジオイマイチ インタビュー

スタジオイマイチは、山口県山口市にある、アート活動の拠点であり稽古場であり、
パフォーマンススペースでもあります。2007年からスタートし、独自の活動を繰り広げています。
今年7月に神村はそこで滞在制作し、パフォーマンスをさせてもらいました。
せっかくなので、そこでの活動の実際を聞きだしたく、イマイチの中心人物である
大脇さんとイフクさんにインタビューをしました。
自分の拠点を作る、というのはどういうことか?
作ることによって何が変わるのか?
どうやったら継続していけるのか?
色々脱線もしながらのインタビュー、どうぞお読みください。

2014/8/1 スカイプにてインタビュー
語り手 大脇理智 / イフクキョウコ
聞き手 神村恵

そもそもの始まり

神村(以下、神) じゃあ今日は、私もついこないだ滞在させてもらっていた、スタジオイマイチについて、色々お聞きしたいんですが、イマイチを始めることになったそもそものきっかけというのはありますか?どういう流れで作ることになったんでしょうか?

大脇(以下、大) えーと、もともとはYCAM(山口市内にある山口情報芸術センター)での井手さん(イデビアンクル―)のオーディションで集まったダンサーたちが、企画が終わった後もダンスを続けたいということで、「ちくは」というチームを作ったんだけれども、その練習場所が必要だということで、他にまとめる人がいなかったのもあって、僕がなぜかその代表になったんです。

神 じゃあその辺には公民館みたいな場所が全然ないということ?

大 いや、公民館みたいなところはたくさんあるんだけれども、拠点みたいなものがないと団体をキープできないということで、場所を探し始めて。
最初は普通に賃貸を探して、あちこち見て回ったんだけど、高くてとても維持できるような値段じゃなかった。みんなが集まれるのは仕事が終わって夕方6、7時くらいからだから、月10万とかは払えない。
でも、そうこうしてるうちに今の場所を見つけて・・・

神 今のところは不動産屋を通して見つけたの?

大 いや、不動産屋で見てた時は、普通に内装もきれいなところばかりだったんだけど、日中は使わないわけだしぼろぼろでいいやと、途中で考えを変えたんです。
世の中には、人に貸したいんだけど改装する予算がないという大家さんがいっぱいいるはずだ、と思って。

神 うん、いっぱいいるはず(笑)。

大 で、しらみつぶしに、全く広告が出てないけど空いていて貸してくれそうなところを・・・

神 歩いて探したの?

大 そう、歩いて探した。

神 おおー!!

大 で、今のところは大家さんが借金まみれで、持ちビルはあるんだが電気も水道も来ていない。奥さんに嫌われてるから、日中はそこで過ごして夜になったら家に帰るという人で。その下の階は空いていて、そのおじさんが、言い値でいいから借りてくれ、ということになって。

スタジオイマイチイマイチ 外観

神 じゃあ、これはオフレコでいいから、実際いくらくらいなんですか?

大 3万。

神 3万?!おおーそうなんだ!安!

大 2階部分でね。でも逆にあそこを1階3階も借りてるときはトータルで10万払ってた。それプラス光熱費。
(今年初めまでは数年間、1階から3階までを借りていた)

神 それでも安いよね。

大 ただ、改修し放題だけど雨漏りもあるし、ドアの立てつけとか壁の亀裂も増えてきて、そういう修理も全部自分たちでやらないといけない。

イフク(以下、イ) そう、大家さんはお金もらうだけで、大家さんらしい仕事はまったくしないの。

神 あれ、イマイチになる前はどうなってたの?

大 最初は下宿屋をやってて、1階には床屋が入ってたみたい。半年くらいで夜逃げしたみたいだけど。

神 えー夜逃げって、ほんとにあるんだ(笑)。

大 商店街といっても山口市は(集客が)厳しくて、割とオープンしてはつぶれ、というのを周りでは繰り返してる。

神 イマイチは7年やってるんだっけ?

大 今6年目で、今度の12月で丸7年。

神 じゃあその中で7年続いてるっていうのはすごいことだね。
改装とかは全部ほんとに自分たちでやったの?

大 そう、YCAMスタッフはみんなそういうの自分でできる人たちだから。
(※大脇さんはYCAMのインターラボスタッフである)

スタジオイマイチイマイチ 内部

神 電気工事とかも?

大 電気・水道は業者に頼みました。
壁や天井をぶち抜いて、YCAMから廃材もらって。リノも捨てるやつをもらって。

神 YCAMの存在はやっぱり大きいんだね。

大 作るときもYCAMのWSメンバーだったし、文化的な情報や出会いもあるし。イマイチでやるイベントも、特に初期は、メインでは来てないけどスタッフとして来てるアーティストとか、たまたまイベントを見に来てるアーティストとかに、公演してもらったりしてた。YCAMみたいな大きい場所でやるような感じではない人に、周辺の小さい箱でやってもらう、という位置づけで。
レクチャーをやりに来て、クラブイベントする人とかもいる。YCAMの周辺事業をやるような感じの場所にもなってます。
あと、東京・関西から来るアーティストと地元のアーティストを組み合わせて上演、というのもやったりしてますね。

神 じゃあ当初の動機としては自分たちの練習拠点ということで始まったけど、外とつながるためのハブ、情報を発信する場という性格に変わってきたっていうこと?

大 そう、やはりただ単に作品を作るための練習するだけの場所が必要であれば公民館とかを借りればいいんだけど、そうではなく、作家と地域、他の地域のアーティストとの交流を作るため、相対的なムーブメントを作るためにはそういう場が必要だっていうのはわかってたので。

神 なんか東京とかで活動してると、あんまりそういう発想に結びつかない気がするんだよね。場所は公民館とかいくらでもあるし、割と近い距離にいろんな人がいてコンタクトも取りやすいから、つながりっていうのは得られやすい。だから拠点を持たないと活動がうまく回っていかないという実感はあんまり持ちにくい。
だから、自分たちの場所をどうやってつくろうという発想がそもそも湧かない、少なくとも私の場合は。

大 僕の場合、ダムタイプで働いてたというのがあって、その前にはダムタイプにあこがれていたのもあって。
ダムタイプの場合、京都に「無門館」という拠点があった。そういう場所を運営していたおばちゃんがいたの。初期のダムタイプは全部そこで作品を作ってた。
※1984年、遠藤寿美子氏らが京都の住宅街に、提供された民家を使って設立したアートスペース。以来ここを京都の演劇活動の拠点として、若い演劇人への演劇支援活動がスタートした。96年、「アトリエ劇研」に改称。

神 あーそうなんだ。じゃあそういう、自分たちが腰をすえて活動をしていくための場所を作ろうっていうイメージはもともとあったんだね。私も最近ようやく、ただ場所を借りて練習して、というだけではだめなんじゃないかと思い始めて。
ていうのは、物理的な場所を確保するためというより、そこに行けば誰かだらだらしてたり、何かに出会えたり、議論しやすい雰囲気があったり、何かそういう実体がある場所がほしいなと思うようになってきた。

場の魅力をどう作るか

神 じゃあ次の質問。続けていく上で、何が大変ですか?

大 運営するにあたって、運営スタッフがいるんだけど、彼らにギャラを払えるわけではなく、逆に会費を取らないといけない。となると、(スタッフにとっては)金を取られるわこき使われるわ、ということになる。

神 こき使われるって何をするの?

大 掃除とか、リノを張るとか、改修工事。あとイベントやったりするときは、チラシをあちこちに置きに行ったりとか。自分の企画じゃなくても宣伝しないといけないから。常に楽しいことだけではなくて、楽しいこと1に対して大変なことが2くらいある。
他のアートスペースを運営してる人とかも、同じような悩みがあるみたいで。自分たちがやってることがどういう効果になるのか、自分にとってどうプラスになるのか、というのが分かりにくい。

神 今は何人くらいで運営してるんですか?

大 7人。ただ大学生が多いので、だいたい2、3年で入れ替わってしまう。
劇団に所属してる人とかは、役割を自覚しやすいけど、そうじゃないとなかなか難しい。

神 確かに、大学生だと大学という場がすでにあるわけだし、自分が主体的にその場を作ってるという自覚は持ちにくいかもね。

大 そう、生活の一部になるくらじゃないと難しい。サークルノリだけだとだめで、一昔前の“劇団員”みたいな意識で、おれが支えてる、くらいの自覚がないと難しい。どんどん入れ替っていくメンバーに、「関わることで得られる価値みたいなのを自分で決めてくださいね」と言ってるんだけど、なかなか。
結局、企画の魅力みたいなことで引っ張るしかない。場所の魅力というより企画力で。大学生にとっては場所なら大学にいっぱいあるし。社会人にとっては時間を取るのが難しい。だから(運営)メンバーはそんなに多くない。

あと昔は、余分な企画をすると金がかかって大変だから、企画を立てない方がいいんじゃないかという議論も出ました。自分たちの練習のためにスタジオを使おうとすれば問題ないが、地域に貢献しようとか広い客層を開拓しようとするとややこしくなってくる。
そんなことには首を突っ込みたくないし自分たちの活動だけやりたい、という人があると、“拠点感”がなくなってきちゃう。

神 そうすると公民館と性格が変わらなくなってくるしね。

大 そう、その頃合いが難しくて。そうでなければ、助成金を取ってがっちりスタッフとしてギャラを払う、という手もあるけど。

神 でも、スタジオレンタルとかで、ある程度収入はあるんだよね?

大 あるけど微々たるものだし、光熱費とか改修費で消えてしまって、メンバーにお返しするほどは稼げていない。あとこれも大問題で、貸しすぎると自分たちで使えなくなる、という問題が・・・。その辺が難しい。

神 そうだね、本末転倒になっちゃうからね。
地域の助成金とか、公的な援助は受けられないの?

イ 拠点に対してはないです。イベントに対してはあるけど、それも額としてはそんなに多くない。

神 そうか、助成金に頼りづらいというのは東京でも一緒かも。
前に、イギリスのブライトンてとこにあるナイチンゲールシアターというところで滞在制作したことがあって。そこも最初は空いてるスペースをアーティストが大家さんからほぼただで借りて改修して、劇場プラスレジデンス施設として使い始めて、でもそのうちアーツカウンシルや市がお金を出すようになった、というのを聞いた。ヨーロッパだと実績作っちゃえば応援してくれる、という土壌があるように思うけど、日本は冷たいね。

大 イギリスは特に手厚いって聞いた。あと、ダンスがコミュニティーの再生に特に使われてるんだよね、国の政策として。

場所の中身、その変遷

神 ちょっと順番が逆だけど、今までどういう風に運営してきたのか聞いてもいい?

大 えー、まず最初は演劇ダンスの練習場所に使っていました。途中から、それを発展させるための企画を始めました。
ちなみにイマイチみたいな(アート)スペースはだいたい各県に1つずつくらいあって、みんな大体同じような悩みを抱えながら運営してたりするんです。
それで、大分と福岡にある拠点に声をかけて、イマイチも入れて3つの拠点でそれぞれ年に1本作品を作って、それをリボルバー式に交換して、フェスをしようと企画した。
(※ 別府のOITA'n DANCE ORGANIZATION、略してO’ndo(オンド)、福岡にいたイフクさん、山口のイマイチの3者)

神 なるほど。

大 そのきっかけは、神村さんも出てた「冬のサミット」(こまばアゴラ劇場の演劇フェス)に「ちくは」が出たことで、その時ものすごい金はかかるし、みんな精神的にも大変だった。で、これを繰り返していたら身が持たないし、公演回数も少なくて作品の精度も東京の人に比べると低いから、とてもじゃないけど対抗できない。
ということで、地域で、車で運べる範囲のところで、公演していこうと。それなら精神的にも楽だし、費用も少ないし、何より3ケ所でやれば毎回ちゃんとお客さんが違う!

神 そうだ(笑)。

大 あと県外で公演打つときに問題なのは広報が難しいことだから、その地域の団体がそれを受け持ってお客さんを集める、ということにして。4年やったの、4回。
その時に、イフクさんが福岡の担当で、大分は、別府にあるO’ndoっていう制作団体が担当だった。
でも僕がイフクさんを奥さんとして山口に迎えてしまったり、別府もメンバーの都合で続けるのが難しくなり、4回で終わった。
ただその時に、作品として仕上げて県外に持っていくための作戦として試演会というのを始めました、イマイチで。
触れ込みとしては、県外でもやるからこの作品を育てましょう、ということで。段階を踏んでレベルアップしていこうというシステムで、わりとうまく行ったんですよね。
観客が言った意見が本番の作品に反映されるということになると、見る方もがんばって見て意見を言うようになる。

神 そうだね、見る方にとっても鍛えられる場になるわけだ。

大 意見がちゃんと反映されるし、県外にも持っていかれるし。そうするとみんなが支えてるって感じになるので。

神 確かに、ここだけで終わらないで、これがどっかにつながっていくという実感はモチベーションとして大事だね。

大 そう、そういうビジョンを持つっていうのが大事だったりする。
だからその流れをくんで、現在「ピカ★イチ試演会」というのがあって。そこまでは今は機能してないけど、潜在的にそういう性格がある。

イ あと個々で活動してると、メンバーに月1回の会議とかしか会わなくなるので、試演会で話せるのはいい機会。

大 きっと大昔は飲み会とかをもっとやってたと思うんだけど、今の人はがぶがぶ飲んでたりしないんだよね。仲間内ではあるのかもしれないけど、全然知らない人もたくさんいる中で楽しく飲んで、みたいなことってあまりしない。

神 じゃあただの飲み会みたいなのもやったら?いろんな人がいて、だらだら飲んでるみたいな。

イ 何回か、アイデアはありましたけど・・・

大 そうね、ただ飲むっていうだけだと大体うまく機能しないんです。

イ 何かしら議題があったほうがいい。

神 そうか、何か理由がないとだめなんだ。

大 だからこないだみたいにパフォーマンスの後に打ち上げとか、そういうのがベストだったり。現代人のスタイルとしては、やっぱり今のようなやり方のほうがいいのかなあと。

活動についてまとめて言うと、いくつか主催イベントを決めていて。まず、2か月に1回、今言った試演会「ピカ★イチ」をやってる。制作途中を発表する会。
もう1つは、AirPockets シリーズ。YCAM関係で東京とか大阪とかから来る割とビックネームなアーティストとか、誰かから紹介してもらったアーティストとかがやるライブシリーズ。
あと地域に対しては、夏にちょうちんまつりがあって、そこでお化け屋敷をする。12月は(イマイチの)創立祭もある。
そういう一緒にやるところだけを決めといて、あとは皆勝手にやる、という感じ。

イ でも互いに興味持ってるから、何かやるときは顔出したりとか。

大 試演会というのを決めたから、そこで必然的に交流が起きる。

神 それとは別に定期的なミーティングもあるの?

大 運営会議もあります、月1回。ここが壊れたから修理しましょうとか、あっちで人手が足りないから手伝いに行ってくださいとか。お化け屋敷とか創立祭のアイデアも出したり。

方向性を探ること

イ (イマイチは)最初はちくはの稽古場だったけど、イベントを打ち始めて、教室もできて、3人の中心メンバー(=主に企画制作していた、大脇理智、鎌田明日香、後に内山幸子が加わる)にみんなが付いてきてた。でも段々その人たちがいなくなり、残ったのが大脇さんと演劇関係の人たちで。
制作できる人がいなくなってしまったので、私が来たとき一度運営方法を考え直したんです。そこで決めたのは、それぞれやりたいことをどんどんやって、(それを軸に)お互いに協力していこう、ということ。

神 じゃあそれまでは、イマイチ全体として何かつくるというのが中心だったのが、メンバーそれぞれの活動によりフォーカスを当てるという方向になったということ?

大 まあ単純に、立ち上げのときは「ちくは」と劇団「集団:歩行訓練」の2団体しかなかったのが、今は突劇?!喜劇病棟、歩行訓練、劇団シバイヌ、大脇、イフク、などたくさんいるので、個々の活動を進めつつ、互いに協力する、というやり方にしていこうと。
それぞれがやりたいことは2か月に1回の試演会で。何となくあるアイデアを発表したり、人に相談したり、たまたま来たアーティストが紹介されたり。人との交流もそこで行われる。
N3 ART Lab(イマイチのすぐ近くに最近オープンしたアートスペース)の中野先生も、ピカイチでこういうのやりたいとプレゼンして、ほんとにあれを始めた。

神 あの先生はどこから助成をもらってるの?

大 文化庁から。若者育成事業のための助成金みたいなのがあって。

神 イマイチでもやってることじゃん!

大 あんまりそういう助成金みたいなのは強くないので(笑)。

イ 助成金に頼りたいところもあるけど、どこで線を引くかっていうのがあって、それで自由度がなくなるのも意味がないし。申請するための領収書を集めるのが大変、みたいなことになるし。

神 それはそれで別の仕事が発生するからね。

大 日本の助成金は事務仕事に対してお金が出ない、というのがあるから。だからなかなか助成金を取る、という覚悟ができない。

神 今の場所は期限がいつまでとか決まってるんですか?

大 決まってないけど、あちこち壊れてきたし、いつまで持つか・・・。あと僕らがこないだまで10万払って借りてたのが、ぽんと3万まで縮小したもんだから、最近大家さんがちょっと冷たい(笑)。

変わったこと・変わらなかったこと

神 イマイチを始めて何が変わりましたか?自分や周囲にどういう変化が起きたと思う?

大 “地域との交流”みたいなことを最初はまじめに考えていたけど、6年くらいやって分かったのは、、、地域との交流は起こらない!ということ。

神 ははは(笑)。それは“変わらなかった”部分だね。

大 ただの夢だったみたいだね。

神 でもご近所づきあいはあるよね?

大 うーん、これが近所の人ほど来ない!

神 そうなんだ、なんでだろうね。

イ 設立当初からいないからわからないけど。私としては、人と知り合えるなという実感がある。私にとっては逆に、ただのダンスの練習場として使ってたら会わなかったような人に会えるので、それは大きいですね。

大 そうだね、「ピカ★イチ」(試演会)を定期的にやってるのがいいのかも。

原動力はどこにある?

神 じゃあもう一個質問というか、モチベーションについて聞きたいんですが。
何を原動力としてやってますか?

イ 私、ない!

神 えー?

大 やっぱり僕は普段アートの仕事をしているから、どうも納得がいかないのね、王道の人たちは(笑)。
やっぱり文化って伝えて行ったりとか、知的な交流の場であることが大事であって、一人の天才を育てたりその人に何かパフォーマンスしてもらうためにやってるわけではないだろうと。ダムタイプもそうだったっていうこともあって。後半は池田亮司とか一人の強烈な芸術家みたいなものも輩出していくことになるんだけど、初期のころはそういう感じじゃなくてもっとみんながフェアにやっていて。作品を作ってない人にも芸術の思想が受け継がれるような交流があったりとか、そういうことがあったっぽい、僕が入る前は。
まあそういう経験が僕自身にあるので、未熟なというか芸術(家)としてはまだ力がないかもしれないけれども、芸術を必要としている人が少なからずいて、そういう人とのかかわりというのが芸術全般について必要だという意識が僕はある。

神 確かに。

大 ダンスとかやってると、この人普通の会社じゃ生きていけないだろという人とかよく出会うでしょう?

神 ああいるよね、そういう人。あー、でも最近どうなんだろうな、あんまりいないかも(笑)。割とみんなしっかりしてると思う。

大 ああそう?こないだ(公演を)手伝ってくれた人見君とか、今でこそちゃんとしてるけどね。

神 うん、しっかりしゃべってたじゃん。

大 去年くらいまではまだふわふわしてたからね。
あれはイマイチと関わってるうちにしっかりしてきた。

神 そうなんだ、いい例だね。
まあでも、私も自分で振付とかやるようになって、人前でしゃべれるようになってきた。それまでは極度にあがっちゃって全然しゃべれなくて。言葉にすること自体もすごく苦手だったりして。

大・イ えー、全然今の神村さんとちがうー

イ それにしてもこの質問、私、即答で「なし」って言ったけど(笑)。使命感とかないし。

大 でもこの人が一番スタジオ使ってるんだよ。ストレッチクラスとかやってどんどん枠が増えてる。子どもに振付したりとかしてるし。

イ 一人そういうのが好きなお母さんがいて、無茶振りなんですけど、子供集めるから振付してくれない?とか言って。10人ぐらい子供がスタジオにやってきて、その場で「はい!(振付けて)」みたいな。

神 それは、どこかで発表するの?

イ そんなんじゃない。ただ子供が楽しくて喜ぶみたいな。なんか(その経験が)残っていてくれればいいなというくらい。

神 へーいいですね。そういう無茶振りする人って貴重ですよね(笑)。

大 やっぱり外に向けて開いてるスタジオがあるっていうことがないと、そういうことにはならない。そういう意味では一番交流してるよね、イフクさんが。

神 じゃあイフクさんとしても、自分たちが稽古するだけじゃなくて、これをツールとして外とつながっていくみたいなビジョンはあるってことですね。

イ 最初よくばって、“山口市”とか“商店街”とか考えてたんですけど、よく考えたら私そんな大勢の人をいっぺんに相手にできないやと思って。もうこの駅通りだけ考えようと思って。

神 うんうん。

イ 駅通りだったら、割と顔見知りだったり挨拶したりするので、この顔見知りの中でちょっとずつ広がったらいいのかなというくらいで、始めたばっかりです。

神 じゃ最後に、今後展開していくとすれば、どうしていきたいですか?何かビジョンみたいなものはありますか?

イ ないよね(笑)。

大 ない!前にやってた、別の地域とリボルバー式に作品交換するのはまたやりたいとは思うけど、今のメンバーではまだ難しそうだから、まあいつかやれたらいいなと思います。

神 まあ口で言うよりもまず動けってことですよね・・・
でもこうやって独自のネットワークをつなげていったり場を作ったりっていうのは、すごくこれから必要なことだし、普通に東京とかでやっているとなかなか発想を広げられない部分だったりするから、話を聞けてすごく刺激になりました。他の場所とかについても調べてみよう。
じゃあ今日は長時間、どうもありがとうございました。

大・イ ありがとうございました。また何か面白いことやれたらいいですね。